ブラック企業化する医療現場 勤務医や看護師への患者の暴言・セクハラ、長時間労働

 病院勤務医と看護師が置かれた職場環境は、ブラック企業よりも過酷かもしれない。日勤-当直-日勤で連続48時間勤務、月間労働時間が300時間超……こんな状況も決して珍しくないのだ。

 医療従事者が疲労した状態で治療や手術に臨めば、医療ミスも発生しやすい。医療従事者の健康が確保されてこそ、患者の安全も確保されるのだが、現実はそうではない。

 日本医師会(以下、日医)が2008年度に実施した調査では、医師たちの悲鳴が数多く寄せられた。「正直自分の健康に手は回らない」「超勤簿に45時間以上と書くと病院長から呼ばれるので書けない」「当直の翌日は、集中力の低下・注意散漫となり、医療事故が起こりやすい状態になっていることが自分でもわかる」

 日医が08年度に調査したところ、医師の睡眠時間は1日5時間未満が9~10%、6時間未満が41~44%。さらに6%の医師が、死や自殺について1週間に数回以上考えていたことが明らかになった。ところが、「同僚に知られたくない」「自分が弱いと思われたくない」などの理由で、53%が自分の体調不良についてまったく相談していないのだ。

●看護師も疲弊

 看護師をめぐる就労環境も同様で、日本看護協会(以下、日看協)の調査によると、11年度の看護師1人当たりの月間夜勤時間は80時間超が17.3%、72時間超が31.9%という状況だ。6年前のデータだが、日看協の調査で、職場環境に関する離職理由では「勤務時間が長い・超過勤務が多い」(21.9%)が最も多く、次に「夜勤の負担が大きい」(17.8%)が多かった。

 日本の看護師数は11年に141万人だったが、高齢化社会のピークを迎える25年に必要な看護師数は、厚生労働省の社会保障改革に関する集中検討会議の試算では195~205万人。あと60万人を増員しなければならず、毎年4万人以上の増員が必要な計算だ。

 職場への定着を図ることが喫緊の課題で、日看協会長の坂本すが氏は、3月24日に都内で開かれた「医療分野の『雇用の質』向上シンポジウム」で、「日本の看護の課題は離職をなんとか防ぐこと」と指摘した。

 医師と看護師にとって過酷なのは労働時間だけではない。病院では、患者やその家族からの暴言、暴力、セクハラなどの被害を数多く受けている。

 都内の私立大学病院で構成される私大病院医療安全推進連絡会議が11年12月に実施した調査で、11病院の職員(医師、看護師、事務員など)2万2738人から得た回答は、過酷な実態を浮き彫りにした。過去1年以内に暴言を受けた職員は41.5%、暴力は14.8%、さらにセクハラを14.1%の職員が受けていた。

 これは、ブラック企業をしのぐ惨状ではないのか。ある病院の副院長は、暴言の実態を次のように話す。

「ちょっとした手術ミスで、患者と家族に担当医が謝罪をしたことがあった。私も責任者として同席したのだが、患者の家族から人格を否定されるような口汚い言葉で罵倒された。それも1時間近く。ひたすら頭を下げ続けたが、心が相当へこんだ」

 長時間労働、暴言、暴力、セクハラ--医師も看護師も、これだけの惨状の中で患者の健康を支え、命を救おうと心身を削るようにして働いているのだ。

●ガイドライン明文化を迫られた看護師の職場環境

 もちろん、医療界も改善に必死である。日医は08年、勤務医の健康支援に関するプロジェクト委員会を発足。「医師が元気に働くための7か条」「勤務医の健康を守る病院7か条」の2種類のパンフレットを作成して啓蒙を進めているほか、病院産業医に対する医師の健康支援研修、都道府県医師会での職場環境改善ワークショップの開催などに取り組んでいる。

 日看協も同様のワークショップを都道府県単位で実施し、短時間勤務やフレックスタイムを導入した病院が12年に50.2%と半数を超えた。その結果、常勤看護師の離職率は07年に12.6%だったが、11年には10.9%に低下した。さらに今年3月に発行した「夜勤・交代勤務に関するガイドライン」で、以下のような勤務編成基準を示した。

・勤務と勤務の間に、最低11時間以上の間隔をあける。
・拘束時間は13時間以内とする。
・夜勤の連続回数は最大2連続(2回)まで。
・夜勤の途中で連続した仮眠時間を設定する。
・2回連続の夜勤後は概ね48時間以上の休息を確保する。
・連続勤務日数は5日以内。

 これらの基準を明文化せざるを得ないのが、看護師の職場環境の実態なのである。

 現場で成果を上げている対策のひとつは、勤務時間や勤務日数を短縮しながら正規雇用される短時間正職員制度の導入である。医療分野の「雇用の質」向上シンポジウムで取り組み事例を発表した三友堂病院(山形県米沢市)は、08年に導入した。

 同院の短時間正職員の看護師は08年に6人で、以降に減少した年もあったが、今年は15人に増員。法人全体の看護師数は08年に185人だったが、昨年は228人に増員している。

●過酷な職場環境の原因は医師不足

 シンポジウムでは日本医師会副会長の今村聡氏、厚生労働審議官の大谷泰夫氏も、それぞれ職場環境改善策の枠組みを提言したが、「正しい現状認識がされていない」と会場内から疑問がぶつけられた。

 発言したのは、埼玉県済生会栗橋病院院長補佐の本田宏氏である。本田氏は約10年前から医師不足による医療崩壊を訴え続けている、医師不足問題のオピニオンリーダーだ。

「過酷な職場環境の原因は医師不足にある。シンポジウムのテーマである雇用の質ではなく、雇用の量が問題なのだ。いまの医師数では高齢化の波に追いつかない。量が問題なのに質を議論しているというボタンの掛け違いに、早く気づいてほしい」(本田氏)

 司会者に意見を求められた今村氏は今村医院の院長で、三井記念病院や神奈川県立こども医療センターで勤務医を経験している。「今日は日本医師会副会長の立場で話した」と断ったうえで、今村氏はこう答えた。

「医師不足の問題はその通りだと思うが、現状でできることがあるのではないかと思って今日は話した。ワークショップでは、質を向上させる取り組みで職場が改善されるという意見が出ている。この取り組みに一定の理解をしてほしい」

 同じく意見を求められた大谷氏は、次のように答えた。

「医師数についてはいろいろな議論がある。この5年で医学部の定員を2000人増やした。チーム医療と労務管理の改善などで、雇用の質を改善できる。量と質の両方で取り組むことだと思う」

 本田氏が指摘するように医師不足が改善されない限り、抜本的な職場改善には至らない。

 医師不足の解決策である医学部の新設には賛否両論があり、しかも政界絡みのきな臭い噂も流れているが、必要な施策だろう。一方で、患者と家族による暴言、暴力、セクハラへの対処も深刻な課題だ。医療ニーズが拡大する中での医療崩壊--これを阻止するには、患者と家族の良識も問われている。
(文=編集部)